なぜ今、投資のお金が「利益」よりも「インパクト」を求め始めたのでしょうか
これは一人の思想家の主張ではなく、複数の方向から同時に起きている変化です。4つの視点から整理してみます。
哲学者・山口周氏は著書『ビジネスの未来』(プレジデント社、2020年)で、現代社会は物質的欲求がおおむね満たされた「高原社会」へ軟着陸しつつあると論じています。高原社会では「もっと作る・もっと売る」という成長ゲームの意味が薄れ、「真に豊かで生きるに値すると思える社会」の設計こそが次の課題になります。市場原理だけでは解決できない課題領域——経済合理性の限界曲線の外側——に、人間性に根ざした衝動によるソーシャルイノベーションが求められているという指摘です。
2015年に国連がSDGsを採択して以降、金融の世界では「環境・社会・ガバナンス(ESG)」への考慮が投資判断の前提となりました。日本でも金融庁が2024年にインパクト投資をサステナブルファイナンスの一分野として制度化。「経済財政運営と改革の基本方針2025(骨太方針2025)」では、インパクトの測定・管理に必要なデータ・指標の整備推進が明記されています。制度がインパクトの可視化を「義務」に近づけています。
GSG Impact JAPANの調査によると、2024年度の国内インパクト投融資残高は17兆3,016億円(前年比約150%増)。牽引しているのは大手銀行・生命保険会社です(GSG Impact JAPAN、2025)。またGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)も第5期中期計画でインパクトを考慮した投資検討に言及しています。世界全体では2024年のインパクト投資残高は約235兆円(SMBCグループ インパクトレポート2025)。もはや「善意の投資家」の話ではありません。
経団連は2023年の提言で「社会的インパクトが企業評価に組み込まれつつある。ロジックモデル・変化の理論の好事例整備を」と明記しました(経団連、2023)。また米国では2019年にBusiness Roundtableが「株主第一主義」の見直しを宣言。「全ステークホルダーへの貢献」を企業目的に据える方針転換が世界的に広がっています。
出典:GSG Impact JAPAN「日本におけるインパクト投融資の現状と課題 2024年度調査」(2025)
※各年度数値はGSG Impact JAPANの公表値に基づく概数。2020年度以前は個人向けESG商品等を含む定義の変更があるため参考値。
資本主義OSとのずれ
社会的事業は、なぜ「儲からない」とされてきたのでしょうか——ここで少し立ち止まって、構造的な問題を整理したいと思います。
資本主義という社会システムは、「収益性・利益率・株価」という数字でインプット(投入資本)とアウトプット(産出物)の価値を測定します。この測定方法は、商品の生産や販売のような活動にはとてもよく機能してきました。
しかし、社会的事業——地域コミュニティの形成、子どもたちの自己肯定感の向上、少子化への対応、環境の回復——はどうでしょうか。これらは確かに「インプット(人・資金・場所)」があり、「アウトプット(イベント・プログラム)」があります。でも、その先に生まれる本質的な価値——アウトカム(参加者の変化)とインパクト(社会への長期的影響)——は、収益や配当という数字に変換できません。
| 評価の項目 | 資本主義OSで測れるもの | 社会的事業が生む価値 |
|---|---|---|
| インプット | 投資額・コスト | 人・時間・場所・関係性 |
| アウトプット | 生産量・売上 | イベント回数・参加者数 |
| アウトカム | 利益率・ROI | 自己肯定感の向上・行動変容・地域帰属感 |
| インパクト | 株価・時価総額 | 次世代の豊かさ・コミュニティの持続力・社会課題の解消 |
このずれこそが、「社会のために働きたいが、食べていけない」というジレンマの根本にあります。資本主義OSの測定軸では、社会的事業の本当の価値——アウトカムとインパクト——は「見えない」のです。
「数字の代わり」としてのロジックモデル——説明責任と協業先判断のために
ここにロジックモデルが登場します。
ロジックモデルとは、「こういう活動(Activity)をしたら、こんな変化(Outcome)が起きて、最終的にこんな社会的影響(Impact)になる」という因果の連鎖を1枚の設計図に描いたものです。収益や配当という数字に変換できないアウトカム・インパクトを、「ストーリーと根拠」で可視化するツールです。
ロジックモデルの5要素。資本主義OSが測れない04・05を「見える化」することが核心。
資本主義OSが数字を共通言語として使うように、インパクトを重視する社会では、ロジックモデルがその共通言語になります。投資家・助成機関・協業企業が「この活動に資金や人を投じる価値はあるか」を判断するとき、ロジックモデルがその判断基準になるのです。
社会的事業に関わる人がロジックモデルを持つことは、「助成金を取りやすくするテクニック」ではありません。それは「自分たちが何を変えようとしているか」を言語化し、外部に証明するためのものです。収益という数字で測れない価値を、因果の連鎖で説明する——これが資本主義OSに対する社会的事業側からの「翻訳機」です。
そして今、企業側がインパクトを語る言葉を持ち始めた時代に、この「翻訳」ができる人・組織の価値は確実に高まっています。
大企業もインパクトを「開示」し始めました
この変化を象徴するできごととして、SMBCグループが2024年8月に「インパクトレポート2025」を公表したことがあります。日本の大手金融グループとして初めてのことでした。
同グループCSuO(最高サステナビリティ責任者)の髙梨雅之氏はこう語っています。
「インパクトが企業評価の新たな尺度に加わりつつある中、自社の取り組みをインパクトベースでステークホルダーに示す必要性を認識し、インパクトレポートの公表に至った」 髙梨雅之(SMBCグループ グループCSuO)
出典:SMBCグループ インパクトレポート2025、p.2
元ユニリーバCEOでSMBCグループのグローバル・アドバイザーを務めるポール・ポールマン氏も同じことを指摘しています。
「社会課題の解決に取り組み、それを外部に示すことは企業価値を高める。ポジティブな影響の証拠が増えるほど、企業行動の変化が促進される」 ポール・ポールマン(元ユニリーバCEO、SMBCグループ グローバル・アドバイザー)
出典:SMBCグループ インパクトレポート2025、p.2
インパクトを可視化することが企業価値に直結する——これは純粋な利他ではなく、資本主義の評価軸が書き換えられていることの証拠です。
これはNPOや地域団体にも直接関係があります
「大企業の話でしょ」と感じた方がいるかもしれません。でも逆です。
企業がインパクトを語る言葉を持ち始めた時代に、それを証明できない活動は、連携先・支援先として選ばれにくくなります。SMBCが放課後NPOアフタースクールと協働したとき、SMBCは「生み出したいインパクト」を先に定めてから、ロジックモデルを持つNPOを探しました。
インパクトを言語化していたから、出会いが生まれたのです。「自分たちが何を変えるか」を説明できる団体と、できない団体では、企業や行政との協業のチャンスに明確な差が生まれます。
次の記事では、SMBCグループ インパクトレポート2025を具体的に読み解き、ロジックモデルが実際にどう使われているかを見ていきます。その後の記事では、ロジックモデルの作り方と、まちのスコーレでの実践を紹介します。